台湾独立建国聯盟 盟員 林省吾
来る11月に台湾の地方選挙が行われる。今回話題に上がったのは桃園国際空港が位置する「台湾の玄関」桃園市の市長選。与党民進党の候補者林智堅氏は修士論文の盗作問題で野党に追及され、立候補の取りやめを自ら決断した。
発端となったのは社会人大学院時代、指導教授の指示で林氏がまだ未完成の論文を参考資料として、後輩でありながら先に卒業した余氏に提供したこと。のちに2人とも修士号を取得できたが、林氏が桃園市長選に出馬した途端、余氏が野党国民党の代議士と共に記者会見を行い、林氏が自分の論文を盗作したと主張した。
林氏側は証拠を提示し潔白を主張したが、論文発表のタイミングが余氏より遅いという点を指摘され、極めて不利な立場に立たされた。泥試合になった以上、大局を考慮した林氏は自ら立候補の取り止めを発表した。
一見、党内の圧力で泣く泣く出馬を断念したように見えるかもしれないが、実は党首でもある蔡英文が声明を出す程、民進党は政権をかけて林氏の全面支持を表明したばかりだった。しかし、林氏の出馬断念は戦局を一気に変えた。敵陣営が設定した戦場からは離脱し、選挙戦を野党が苦手とする政策論争に変更したのである。
一方、論文問題はブーメランとなった。野党の候補者や現職の代議士は次々とチェックを受け、何人もの論文盗作の疑惑が浮上した。極め付けは地方議会の議長を務めるある国民党の代議士の学歴が、4年の在任期間中に、小学校卒業から大学院修士課程卒業に変更されたこと。しかも修士論文は自分の秘書の論文と99%類似することが判明した。当初林氏の問題を追求してきた野党は、自分達が標的になった瞬間「論文の真偽と政治活動は関係ない、切り離して見るべきだ」と吐き捨てた。
台湾の政治ではこのようなダブルスタンダードが存在する。国民党を代表する旧政治を改革するために立ち上がった民進党を中心とする新政治には、有権者が厳しい目を常に光らせている。だが、旧政治には同じように求めない。それぞれを支持する理由が違うため、新政治には減点法、旧政治には加点法を適用するような現象が起きる。解消するには、有権者の自覚と成長が不可欠だ。
因みに林氏に代わって桃園市長選に出馬するのは、民進党の立法委員鄭運鵬氏である。鄭氏は大のガンダム好きで若い有権者を中心にかなり人気がある。立法委員時代は、疑念を持ってオフィスに訪ねた一般の有権者に自ら説明するなど、民衆との距離が極めて近い。今回鄭氏の出馬が判明すると、SNSに支持者が冗談半分でお台場にある等身大ガンダムを桃園に誘致するように鄭氏に求める「動き」もあった。台湾の若者には政治を真剣に考えると同時に、政治を「楽しむ」一面もあることが見えた事例と言える。
このような新旧政治の対決が今回の地方選挙に多く見られるのは、選挙の結果だけで台湾の民主政治の前進や後退を決めてしまうことを意味する。「選挙に師はいらない、お金をかければいい」という台湾の選挙を表す言葉を覆せるか、実に有権者が試される選挙戦でもある。